6月、二人の就任
アッピオラーザの退任から、2日
Milano Finanza によれば、2026年6月19日に、MOSCHINO は、アドリアン・アッピオラーザとの協力を終えると発表した。W Magazine によれば、その2日後の、6月21日(日)に、Sunnei の創業者、ロリス・メッシーナとシモーネ・リッツォが、新しいクリエイティブ・ディレクターに、即日、就いた。親会社 Aeffe の会長、マッシモ・フェレッティは、「メゾンの進化には、アイデンティティと革新の、バランスが欠かせない」と述べている。
二人は、声明で、MOSCHINO を、「ポップカルチャーを、美学の言葉としてだけでなく、批評の道具として使う、文化的なメゾン」と表現した。W Magazine は、二人が、2025年9月に、Sunnei の最後のショーを、模擬オークションの形で開き、ブランドを離れたと書いている。
9月、最初のショー
400人の「通勤者」
Hypebae によれば、二人は、MOSCHINO の仕事を始めるにあたって、箇条書きの宣言文を作った。「真似せずに、MOSCHINO を再点火する」「皮肉は、姿勢である」「ファッションは、そのために仕える」「真実を語る」「アーカイブを学ぶ」「再現せずに、理解する」「本当の人々に、語りかける」。
2026年9月の、2027年春夏のショーでは、友人、同僚、写真家、編集者ら、400人を超える人々が、モデルと一緒に、歩いた。Hypebae は、コレクションを、建築的で流れる、シルエットと、精密な構成の組み合わせで、過剰を避け、重ね着が、中心にあると伝えている。重ねたタンクトップ、シャツの裾を出した、短い黒のジャケット、緑のチェックのシャツに、別のチェックを合わせた組み合わせなどが並んだ。この報道は、Hypebae の、1本のレビューで、他の批評は、まだ確認できていない。
親会社 Aeffe
再建の途中
nss magazine によれば、Aeffe は、2025年10月から、ボローニャの裁判所での、債務整理の手続き(Composizione Negoziata della Crisi)の中にある。2025年1〜9月の連結売上は、約1億5500万ユーロで、前年の同じ時期から、25.4%減った。負債は、約1億1500万ユーロで、2024年に、MOSCHINO の美容事業を、9800万ユーロで売却している。
同じ記事と、Milano Finanza によれば、ポルトガルの投資ファンド Oxy Capital が、事業の資産とブランドを、負債ごと、引き受ける、法的拘束力のない、初期の提案を出している。2026年6月の時点では、精査と交渉の段階で、売却は、同年の終わりまでの完了が、目標とされていた。その後、Aeffe の発表(2026年7月30日)によれば、Oxy Capital Italia が、法的拘束力のある提案を出し、取締役会は、これを、再建の大きな前進として、歓迎した。最終の構造と、債務の整理の手段は、これから詰める段階で、手段として想定される「承認された再建計画」の提出は、2026年9月末までと、見込まれていた。7月15日のボローニャの裁判所の審理では、判事が判断を保留し、次の審理は、9月9日に定められた。Adnkronos(7月31日)によれば、この提案は、Ferretti 家、Invitalia、Oxy Capital、中国の企業が、共同で出したもので、額は、約1億1500万ユーロ。中国のパートナーに、MOSCHINO ブランドの、中国市場での独占的な使用権を、与える案も含み、完了は、年内の見込みとされた。nss magazine(8月3日)も、同じ内容を伝えている。Borsa Italiana(Radiocor)によれば、ボローニャの裁判所は、2026年10月20日までに、Aeffe と子会社 Pollini が再建の手続きの申請を出す期限を、12月9日まで認めた。債権者から資産を守る措置は、2027年2月10日まで認められ、裁判所は、Oxy の提案より良い提案がないかの予備的な確認を始めている。Pambianconews によれば、Oxy の案は、MOSCHINO、Alberta Ferretti、Pollini の3つの新会社に分ける内容で、12月15日に両社が招集される。売却の完了は、確認できていない。MOSCHINO の創造の責任者の交代は、この再編の一部として、伝えられている(Milano Finanza)。
10月末、フランコの展覧会
Il Sole 24 Ore によれば、2026年10月31日から、2027年2月14日まで、アオスタ渓谷のフォルテ・ディ・バルドで、フランコ・モスキーノの展覧会が開かれる。フォルテ・ディ・バルドの学校向けの資料は、会期を2026年10月30日から2027年2月27日と書いており、日付は、資料によって、異なる。200点を超える写真と、象徴的な服、アーカイブの資料が並び、モスキーノの、挑発、遊び心、学問的な決まりごとの拒否を、たどる内容だという。

今を、どう読むか
MOSCHINO は、創業者の死後、32年の間に、何度も、舵取りが代わり、親会社の事情も、大きく動いている。それでも、「皮肉は、姿勢である」という言葉は、フランコ・モスキーノの、笑いの考え方と、同じ方向を向いている。二人の仕事が、これから、どう評価されるかは、まだ、分からない。


