パターンを引く人
コム デ ギャルソンで
Interview Magazine(2015年)によれば、阿部千登勢は、川久保玲のもとで、パタンナー(パターンを引く人)として働き、その後、コム デ ギャルソンの、ジュンヤ ワタナベのデザインチームで、長く働いた。この経験が、手編みの服にも、仕上がりの確かさを与えた、と同じ記事は書いている。
それ以前(Wikipedia による)
Wikipedia には、阿部が、1965年に岐阜で生まれ、母親が洋裁をしていたこと、名古屋の学校に通ったこと、コム デ ギャルソンの前に、ワールドで1年ほど働いたことが書かれている。この部分は、他の資料で確認できていないので、参考情報にとどめる。
1997〜1999 手編みから
1997年に、阿部は、コム デ ギャルソンのパタンナーの仕事を、妊娠が分かった後に離れ、娘と家にいた(W Magazine)。その間に、物を作る仕事に戻りたいと考え、編み針と毛糸を買って、5着を手で編んだ。それが、sacai の始まりである。W Magazine によれば、阿部は、デザインを、小さな人形に着せて試していた。公式の About は、ブランドの創業を1999年と書いている。

考え方
ハイブリッド
公式の About は、阿部が、身の回りの観察と、日々の暮らしの機能から、影響を受けていると説明している。基本の服や、古典的な服を、組み替えて変形することで、sacai らしい上品さが生まれる。特別な機会だけでなく、色々な場面に着ていける服になる、という。

自分で管理する
Interview Magazine(2015年)は、阿部が、sacai の唯一の所有者で、投資の申し出を断り続けてきたと伝えている。本人は、「創作も、事業も、完全に自分の管理のもとにあったから、今のブランドになったと思う。決断を、後で後悔せずにすむ」と話している。
2025年10月の W Magazine も、阿部を唯一の所有者と書いている。同誌によれば、ブランドの従業員は160人で、35か国以上で販売され、Nike、Carhartt WIP、アスティエ・ド・ヴィラット、J.M. Weston との協業が続いている。
評価
Wikipedia によれば、阿部は、毎日ファッション大賞を、2007年と2015年に受け、2025年には、Hypebeast のデザイナー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。ジャン=ポール・ゴルチエの、アーカイブを読み替える企画に、最初のゲストデザイナーとして招かれたとも書かれている。いずれも、この記事の確認の範囲では、Wikipedia の記述である。
人物から見る
パターンを引く人は、服を、平らな布の組み合わせとして見る。その目で、ニットと織物を組み合わせ、服の形を読み替えたことが、sacai の出発点にあるように見える。これは、公開された資料から読める範囲の見方である。ブランドの歴史と考え方は、別の記事で読める。


