ボローニャという場所
1970年代イタリアの文化の中心
公式サイトは、1960年代から1970年代のボローニャを、芸術から政治まであらゆる影響が交わる、文化の拠点と書いている。分野をまたぐ融合は、C.P. Company の本質の一部になった。ブランドの製品は、美学や技術が進むだけでなく、外の環境の変化を映す、文化のメディアとして働くようになる。その結果、今日「スポーツウェア」と呼ばれる、新しい機能的な美学が生まれた、というのが公式サイトの説明である。
始まり
チェスター・ペリー
公式サイトによれば、ボローニャの文化の活況は、のちに「スポーツウェアのゴッドファーザー」として知られる、グラフィックデザイナーのマッシモ・オスティにとって、理想的な土壌だった。1971年、オスティは、グラフィックTシャツに焦点を当て、生地や加工技術の実験を重ねる「チェスター・ペリー」を設立した。ブランドには、彼のコミックへの情熱と、服を通じたコミュニケーションというアプローチが反映されていた。

C.P. Company へ
1978年、チェスター・ペリーは、C.P. Company に名前を変え、新しいシルエットと色彩表現による、アバンギャルドなコレクションを発表した。製品染めなどの革新的な技術を使い、ヴィンテージのような独特の風合いを生み、他にない存在になった、と公式サイトは書いている。
C.P. Company の公式アーカイブのサイトによれば、「チェスター・ペリー」という名前は、フランク・ディケンズの漫画に出てくる、主人公のブリストーが働く工場の名前に由来する。Wikipedia は、1978年の改名を、イギリスの Chester Barrie と Fred Perry が、名前の類似を理由に、共同で法的措置を取ったためと書いている。
広がり
1970年代後半から、イギリスのサッカー場のスタンドでは、「カジュアル」と呼ばれるサブカルチャーが広がった。C.P. Company の服は、その中で、アイデンティティの表現になっていく。ゴーグルジャケットやメトロポリスジャケットなどの定番は、別の記事で読める。
創業50周年の書籍
創業50周年を記念して、C.P. Company は、写真家のニール・ベッドフォードと協業し、ブランドの歴史とアーカイブを、438ページのモノグラフ『C.P. Company 971 – 021: An Informal History of Italian Sportswear』にまとめた。
公式サイトによれば、世代の異なる50人のファンの個人的な物語を通じて、ブランドの歴史を「インフォーマル」に記録している。核になる50点のポートレートに加えて、180ページの「デザインと製造用語集」と、アーカイブから選んだ200点以上のアイテムの紹介が入る。

手に取るなら
入り口は、製品染めの服と、ゴーグルジャケットが分かりやすい。創業者の人物像、製品染めの仕組み、定番のジャケット、サブカルチャーとの関わりは、別の記事で読める。


