インディゴや生成りの生地見本、型紙、はさみが並ぶ机
THE FOUNDER

ジャン・トゥイトゥという人──ゴーストデザイナーから、自分のブランドへ

ケンゾーや agnès b. で学び、他社のゴーストデザイナーをしながら、資金を作った。A.P.C. の創業者の歩みと、最初のジーンズが生まれたいきさつを、本人の言葉でたどる。

文 Shiori Kinugasa | 公開 2026.10.17 | 更新 2026.10.23 | 読了 3分 イメージ画像(AI生成):デザイナーの仕事場のイメージ(実在の商品ではありません)
銀行は信用できず、財産もなかった。
だから、人の服を、作った。

A.P.C. の前

ジャン・トゥイトゥは、A.P.C. を始める前に、ケンゾー、agnès b.、Irié、そして音楽業界で、働いていた。公式サイトのDenim FAQは、こう述べる。1987年の創業のとき、トゥイトゥは、ファッションを、内側から知っていた。百科事典は、ケンゾーでは、倉庫の仕事から、agnès b. では、メンズウェアの部門の要職についた、と紹介している。

お金は、他社の服で

トゥイトゥは、創業の頃を、こう振り返っている。銀行には用心していたが、自分の財産はなかった。そこで、A.P.C. の初期の資金のために、ロンドン、トロント、パリの、いくつかのブランドの、ゴーストデザイナーとして働いた。ゴーストデザイナーは、名前を出さずに、他社の服をデザインする仕事である。

最初のジーンズ

一本の指示から

そのうちの1社は、デニムの専門知識が深かった。ある日、そのオーナーが、幅の狭い日本のデニムの反物を、トゥイトゥに渡して、一つだけ指示した。「耳(セルヴィッジ)で、両側の端を縫い合わせてほしい」。

黒に近い生デニムと型紙が広がる、小さな縫製工房の裁断台
イメージ画像(AI生成):縫製工房のイメージ(実在の商品ではありません)

トゥイトゥは、それをスケッチし、型紙にして、近所のお針子の工房で、最初のジーンズを作った。お針子は、この冒険に加われることを、喜んでいたという。

知らなかったから、できたこと

当時のトゥイトゥは、デニムの専門家たちが、こだわる決まりを、いくつも知らなかった。例えば、ウエストバンドは、バイアス(斜め)に裁つべきなのに、地の目(まっすぐ)で裁った。知らなかったので、そのままになった。この「間違い」は、そのまま、ブランドの特徴になった、とブランドは説明している。

広島の織元

生地の出どころを探すと、広島の近くの織元の名前を教えられた。織元は、既に、東京を通じて、A.P.C. の仕事を知っていて、A.P.C. のためだけの生地を、提案してくれた。トゥイトゥは、受け入れた。この生地には、今も、明かしていない秘密がある。30年以上たっても、契約書はなく、織元は、他の会社に、この生地を、売ることを断っている、とトゥイトゥは述べている。

織物工場に積まれた、濃いインディゴの生地のロール
イメージ画像(AI生成):日本の織元のイメージ(実在の商品ではありません)

人物から見る

トゥイトゥは、チュニジアの生まれで、子どもの頃に、フランスへ移ったと紹介されている。学校や、料理人など、いくつもの仕事を経たあとで、ケンゾーで、ファッションの世界に入った。遠回りに見える道のりが、そのまま、「ルールを知らないから、できた」という、A.P.C. の考え方に、繋がっているように見える。

要点

POINTS
  • ケンゾー、agnès b.、Irié、音楽業界で働き、ファッションを内側から知っていた。
  • 創業の資金のために、ゴーストデザイナーとして働いた。
  • 最初のジーンズは、日本のデニムの反物から、近所のお針子の工房で作った。
この記事を書いた人 Shiori Kinugasa
参考資料:A.P.C. 公式サイト「Denim FAQ(99 Truths)」 https://www.apc-us.com/pages/faq-denim-a-p-c Encyclopedia.com「Touitou, Jean」 https://www.encyclopedia.com/journals/culture-magazines/touitou-jean Heddels「A.P.C. - History, Philosophy, and Products」(2017年) https://www.heddels.com/2017/10/a-p-c-brand-profile-history-philosophy-and-products/ (公式サイトの確認日:2026年10月17日)

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