グラフィックデザイナーとして
公式サイトは、マッシモ・オスティを、のちに「スポーツウェアのゴッドファーザー」として知られる、グラフィックデザイナーと紹介している。1971年、オスティは、グラフィックTシャツに焦点を当て、生地や加工技術の実験を重ねる「チェスター・ペリー」を設立した。公式サイトは、このブランドが、彼のコミックへの情熱と、服を通じたコミュニケーションというアプローチを反映していた、と書いている。

製品染め
公式サイトによれば、製品染めは、1970年代の初めに、オスティと仲間たちが、C.P. Company のために開発した染色方法である。白や無染色の生地で作った完成済みの衣服を、製造の最終段階で染める。染色自体は以前から存在していたが、オスティらは初めて、異なる素材や繊維でできた衣服全体に、この技術を応用した。詳しい仕組みは、別の記事で読める。
ゴーグルジャケット
Explorer Jacket
公式サイトによれば、オスティは、日本の民間防衛用フードに縫い込まれたレンズから着想を得て、Explorer Jacket を開発した。イタリアのスポーツ光学分野の企業が、特別に設計したフレームを採用し、レンズの周りの生地を保護できるようにした。これが、C.P. Company 初のレンズ付きアイテムである。
Mille Miglia Jacket
公式サイトによれば、伝説の「Mille Miglia」ゴーグルジャケットの最初のモデルは、1988年のミッレミリアのレースに協賛するために作られた。オスティは、Explorer Jacket の襟のレンズをフードに移し、手首にウォッチビューアーを加え、スイス軍のフィールドジャケットに着想を得た、多機能のポケットも組み込んだ。
公式アーカイブと、他の資料から
名前と、始まりの姿
C.P. Company の公式アーカイブのサイトは、1971年に、マッシモ・オスティが、当時「チェスター・ペリー」という名前だったブランドを始めたと書いている。名前は、フランク・ディケンズの漫画に出てくる、主人公のブリストーが働く工場の名前に由来する。
グラフィックの経歴を生かして、おもちゃの車、ポップなポスター、店主への贈り物などを、独特の見せ方で使い、コピー機、スクリーン印刷、4色刷りなど、紙の印刷の技術を、服に応用した、という。

製品染めの位置づけ
Highsnobiety のインタビューで、息子のロレンツォ・オスティは、父が製品染めを発明したわけではなく、染め自体は昔からあったと話している。オスティは、それを体系的な工業の工程にし、革を含む素材にも応用し、最も影響力のある革新になった、という。
染め始めたきっかけは、Tシャツのプリントが目立ちすぎるのを好まなかったことだった。公式サイトの「異なる素材や繊維の衣服全体に初めて応用した」という説明と、方向は合っている。
生没年と、その後
Wikipedia によれば、オスティは、1944年に生まれ、2005年に亡くなった。没年は、Highsnobiety の記事でも、2005年に亡くなったと書かれている。Highsnobiety のインタビューは、オスティが1995年に、C.P. Company と Stone Island を離れたと注記している。
Wikipedia は、1980年代から1990年代にかけての持ち株や役職の変化を、年を挙げて書いているが、年は資料ごとに異なり、確認が取れていない。Wikipedia によれば、1982年には、Stone Island も始めている。
人物から見る
グラフィック、コミック、軍の装備、日本のフード。公式サイトが書く着想の源は、服の外にある。服を、人に何かを伝える手段として考える姿勢が、実験的な染めと、機能的なディテールに繋がっている。ブランドの歴史は、別の記事で読める。


