ノッティンガムの少年
ポール・スミスは、1946年、ノッティンガムに生まれた。15歳で、資格を持たずに学校を出た。そのとき、父のハロルドに、衣料品倉庫へ連れていかれ、使い走りの仕事に就いた。ポール自身は、自分を、「デザインも、商売も、まあまあだが、どちらも、突出してはいない」と表現したこともある、と Design Museum は紹介している。
自転車と、事故
当時の夢は、プロの自転車選手になることだった。17歳頃まで、人生は、自転車を中心に回っていた。しかし、事故で、半年入院し、その夢は、終わった。回復の間に出会った、新しい友人たちが、色彩に満ちた、アイデアの世界を見せてくれた。
話題は、モンドリアン、ウォーホル、ココシュカ。音楽は、ローリング・ストーンズや、マイルス・デイヴィス。事故は、人生を変えたが、自転車への愛は、続き、デザインの随所に、その姿が散りばめられている。

倉庫から、店へ
事故のあと、倉庫の仕事に、打ち込むようになった。美術大学の人たちと出会い、アートとファッションに、関心が向いた。ショールームの陳列を始めると、評価され、まだ17歳で、メンズウェアの仕入れを、任された。やがて、美術大学の友人が、ブティックを開くことになり、場所を探し、内装をして、店長を務めた。

1970 一人で、始める
1970年、恋人のポーリーン・デナイヤーに励まされ、貯金の600ポンドで、ビヤード・レーンに、自分の店を開いた。家賃は、週50ペンス。最初の週の売上は、52ポンドだった。夜は、ファッションデザインの講座に通った。ケンゾーや、マーガレット・ハウエルなどの服を売る、ロンドン以外で唯一の店でもあり、やがて、自分でデザインした服も、地元の工場で作って、並べるようになった。
「クラシックに、一捻り」
ポール・スミスは、自分の服を、「クラシック・ウィズ・ア・ツイスト」と呼ぶ。上流階級の仕立てや、手縫いのスーツなどの材料に、「ばかばかしいもの」を足す。着る人が、着たいと思い、心地良いと感じる服。「よくできた、品質の良い、シンプルな型、面白い生地、着やすい。くだらないことのない服」と、本人は言う。詳しくは、別の記事で読める。
人物から見る
遠回りに見えた道のりは、そのまま、ブランドの考え方になっている。偶然から始まり、友人の影響で広がり、自分が着たい服を、作り続けた。「あらゆるものに、インスピレーションを見つけられる」という言葉は、この道のりから生まれたように見える。


