農家の家から
南フランスで育つ(Wikipedia による)
L’Officiel(2024年)によれば、シモン・ポルト・ジャックムスは、1990年1月16日に、南フランスのプロヴァンスで生まれた。生まれた村は、資料によって異なる(Wikipedia はサロン=ド=プロヴァンス、L’Officiel はブラムジャン)。
Wikipedia は、農家の家で、小さな町マルモールに育ったと書いている。18歳でパリに出て、ESMOD に入ったが、学校の授業に物足りなさを感じ、母の早すぎる死も重なって、3か月で辞めた、と L’Officiel は書いている。

独学のデザイナー
LVMH プライズの紹介は、シモンを、独学のデザイナーと呼んでいる。L’Officiel によれば、学校を辞めたあと、2009年まで、スタイリストとして働いた。ブランドは、母の旧姓を借りた名前で、2009年に、モンマルトルの近くの小さなアトリエで始まった。2012年に、パリ・ファッションウィークで初めて発表し、2014年に、LVMH プライズのファイナリスト、2015年に、特別賞を受けた。
L’Officiel によれば、第3のコレクション「L’usine」を東京で見せたことが転機になり、コム デ ギャルソンの川久保玲と、エイドリアン・ジョフに注目された。その後、ロンドンのドーバー ストリート マーケットで紹介され、オープニングセレモニーなどの店にも並んだ。
母と、祖母
公式サイトの About は、JACQUEMUS が、亡き母の記憶に捧げられたブランドだと書いている。2026年1月24日には、祖母のリリーヌ・ジャックムスが、初めてのブランドアンバサダーに起用された。公式サイトは、リリーヌを、1946年に生まれ、南フランスの小さな村アランで、農家の家庭に育ち、イタリア人のシングルマザーに育てられた人として紹介している。
素朴さと、強い価値観に囲まれた、田園の暮らしの中で、ブランドの物語の土台が、静かにつくられた、とも書いている。リリーヌは、シモンの祖母で、シモンの母ヴァレリー・ジャックムスの母である。公式サイトは、リリーヌの強さと、品のよさ、本物らしさが、シモンの見方を作ったとし、シモンにとって「究極の JACQUEMUS の女性」と書いている。シモンを育てた女性たちと、その受け継ぎに、敬意を表す選択である。
2026年のメットガラ(5月4日)に、シモンは、祖母のリリーヌと一緒に出席した、と Vogue は伝えている。二人は、シモン自身がデザインした、真っ白のオーダーメイドの装いを揃え、シモンは紙の花の花束を持ち、リリーヌは、母の名前を付けたバッグ「ヴァレリー」を持っていた。

ファッションの外の影響
公式サイトの「The Office」のページには、アートと工芸の作品のクレジットが並ぶ。アリスティード・マイヨールの彫刻、デヴィッド・ホックニーの作品、ヴォルフガング・ティルマンスの写真、ジョゼフ・ホフマンのウィーン工房の銀器、ジャン=ミシェル・フランクの家具などである。ファッションの外の、彫刻、写真、装飾美術が、ブランドの見え方に重なる。
評価
L’Officiel によれば、2024年に、芸術文化勲章のシュヴァリエを受けた。Wikipedia は、2017年に、エル・スタイル・アワードのファッション・ディレクターズ・チョイス賞を受けたとも書いている。
人物から見る
母の名前で作ったブランドに、祖母を顔として迎える。人物の資料を読むと、JACQUEMUS が、家族の記憶と南フランスの風景を軸にしていることが分かる。ここに書いたのは、公式の資料と、LVMH プライズの紹介から読める範囲と、Wikipedia の記述である。ブランドの歴史は、別の記事で読める。


