始まり
1976年、プラネタリウムで
NGV の年表によれば、ジャンポール・ゴルチエは、1970年に、ピエール・カルダンのもとで働き始め、1976年に、Francis Menuge と、自分のプレタポルテを始めた。最初のショーは、パリのパレ・ド・ラ・デクーヴェルトのプラネタリウムで開かれた。1978年には、Dominique Emschwiller と Yoshio Nakamoto が加わり、ウィメンズのプレタポルテから、レーベルが動き出した。
広がる
コルセットと、男性のスカート
NGV によれば、1983年に、コルセット風のドレスを見せ、同じ年に、最初のメンズのプレタポルテを発表した。1985年の「And God Created Man」では、男性のスカートを登場させた。1986年に、パリのギャルリー・ヴィヴィエンヌに、最初の店を開き、1988年に、「Junior Gaultier」を始めた。

マドンナと、香水
1990年に、マドンナの「Blond Ambition World Tour」の衣装を手掛けた(NGV)。NBC News(ロイター)は、マドンナが着た、円錐形のブラが、ゴルチエの名を広めたと書く。1993年に、最初のウィメンズの香水「Classique」、1995年に、メンズの「Le Male」を発表した(NGV)。
1997年、オートクチュール
NGV によれば、ゴルチエは、1997年1月に、自分のクチュールのメゾンを開き、最初のオートクチュールを発表した。WWD JAPAN は、この線を「ゴルチエ パリ」と書く。

エルメスと、Puig
FashionUnited によれば、エルメスは、1999年6月に、ゴルチエのレーベルの35%に、2,300万ドルを出資した。ゴルチエは、2003年に、エルメスのウィメンズのプレタポルテのクリエイティブ・ディレクターに就き、マルタン・マルジェラの後を継いだ。最初のコレクションは、2004年秋冬である(NGV)。2011年に、エルメスとの提携が終わり、Puig が過半数の株主になった(NGV、NBC News)。
プレタポルテの終わり
NGV によれば、ゴルチエは、2014年に、プレタポルテを終え、クチュール、香水、特別な企画に集中した。WWD JAPAN は、ウィメンズのメインラインとアクセサリーが、2015年春夏で終わったと書く。
2020年、そして、その後
NBC News(ロイター)によれば、ゴルチエは、2020年1月17日に、翌週のパリのオートクチュールが、最後のショーになると発表した。ファッションの世界に入って50年を、祝うショーだった。ブランドは、Puig のもとで、続くと説明している。
FashionUnited によれば、同じ2020年に、ゴルチエは、毎シーズン、ゲストデザイナーを、オートクチュールのスタジオに迎えると発表した。最初は、阿部千登勢(sacai)である。8人のゲストが続き、2025年4月に、Puig が、デュラン・ランティンクを、永続的なクリエイティブ・ディレクターに任命した(Puig、FashionUnited)。
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ジャンポール・ゴルチエ本人の歩み、ブランドの印、ゲストデザイナーの8人、2026年の今は、別の記事で読める。


