始まり
1988年、パリで
MoMu の展覧会の紹介によれば、アントワープの王立美術アカデミーを出て、ジャン=ポール・ゴルチエのアシスタントを務めたマルタン・マルジェラは、ジェニー・メイレンスと、1988年に、Maison Martin Margiela を創設した。最初のファッションショーは、同じ年の10月に開かれた。
Flaunt と The Fashion Commentator は、そのショーを、パリのマレ地区のカフェ・ド・ラ・ガールで開かれた、1989年春夏のコレクションと伝える。白い綿布の上を、赤い絵の具に浸した足で歩くモデルの顔は、ベールで覆われていた。

最初の服
MoMu は、肩幅が極端に狭く、丈の長いシルエットが、1980年代のパワードレッシングとは、正反対だったと書く。古着や、商業的な価値の低い素材を使い、服の内側と構造を見せることが、持ち味になった。
名前を出さない
MoMu によれば、マルジェラは、早い時期から、服に語らせると決め、人前に出ることを断ってきた。インタビューは、全てメゾンの名前で答え、デザイナーの写真は配られなかった。これは、1980年代と1990年代の、スター化したファッションへの、はっきりした反応だった。
服には、無地の白いラベルが付き、4つの白い針目で留められた。針目は、無記名の署名のように、メゾンの印になった(NGV、Even)。
広がる
Sotheby’s と Wikipedia によれば、1989年秋に、パリの荒れた遊び場で開いたショーでは、近所の子どもたちが、編集者やバイヤーと並んで、最前列に座った。Sotheby’s は、このショーが、ブランドの評価を決定づけたと書く。

Wikipedia によれば、マルジェラは、1997年から2003年まで、エルメスの、ウィメンズのクリエイティブ・ディレクターを務めた。Even は、この協働が、12シーズン続いたと書く。メゾンの公式サイトによれば、メンズのコレクション(ライン10)は、1999年春夏に始まった。
OTB と、創業者の退任
2002年に、レンツォ・ロッソの OTB が、Maison Margiela の過半数の株式を取得した(Wikipedia、Luxe Digital)。
マルジェラは、2008年に引退を決めた(NGV)。2009年12月に、正式にブランドを離れ、後任は指名されなかった(Wikipedia)。NGV によれば、マルジェラは、10年後の2018年に、公に出した声明で、世界的に増す圧力と、商取引の要求に、もう対応できなくなったと、理由を説明している。
ガリアーノの10年、そして、今
2014年に、ジョン・ガリアーノが、クリエイティブ・ディレクターに就いた(Wikipedia)。FashionUnited によれば、2015年1月に、ロンドンで開かれたガリアーノのクチュールの復帰ショーで、社名から「Martin」が外れ、Maison Margiela になった。正式な発表は、なかった。
ガリアーノは、10年を務め、2024年12月に退いた(nss magazine、ロイター)。2025年1月29日に、OTB が、グレン・マーティンスの就任を発表した。会長のレンツォ・ロッソは、「マルタンがメゾンとアルチザナルを生み、ジョンが最先端のクチュールハウスにした。その三人目のクチュリエを迎える」と述べた(OTB)。
今、読むなら
創業者のマルタン・マルジェラの人物像、ラベルとタビなどの印、歴代のクリエイティブ・ディレクター、2026年の今は、別の記事で読める。


