マルタン・マルジェラの後(2009〜2014年)
Wikipedia によれば、2009年12月に、マルジェラが正式に離れた後も、後任は指名されず、メゾンは、デザイナーのチームによって、2014年まで運営された。nss magazine は、マシュー・ブレイジーが、2012年から、そのチームを率いたと書く。これは、同誌のみの記述である。

ジョン・ガリアーノ(2014〜2024年)
就任と、社名の変更
ジョン・ガリアーノは、2014年に、クリエイティブ・ディレクターに就いた(Wikipedia)。FashionUnited によれば、2015年1月に、ロンドンで開かれた、ガリアーノの最初のクチュールのショーで、社名から「Martin」が外れ、Maison Margiela になった。この変更に、正式な発表はなかった。広報担当者は、New York Times に、メゾンの進化を反映した変更で、アルチザナルだけでなく、ブランド全体に及ぶと話している。
10年の間に
nss magazine は、ガリアーノが、アルチザナルのショーに、様々な実験的、マルチメディア的な形式を持ち込み、男女共通のコ・エド(Co-Ed)のラインを始めたと書く。同誌は、2019年春夏を、最初のコ・エドのショーとし、2020年春夏の、モデルのレオン・デイムの歩き方が、SNS で広まったと伝える。2024年春夏のアルチザナルを、ガリアーノの時代を締めくくるショーと位置づけている。
ガリアーノは、10年を務め、2024年12月に退いた(nss magazine、ロイター)。
グレン・マーティンス(2025年〜)
就任
2025年1月29日に、OTB と Maison Margiela は、グレン・マーティンスの、即日の就任を発表した(OTB)。10 Magazine によれば、マーティンスは、内装建築とファッションの学位を持ち、ジャン=ポール・ゴルチエでジュニア・デザイナーとして始め、2013年に、Y/PROJECT のクリエイティブ・ディレクターに就いた。2020年からは、Diesel のクリエイティブ・ディレクターも務めていた。2022年春夏のクチュールでは、ゴルチエのゲスト・デザイナーも務めた。

OTB の会長、レンツォ・ロッソは、公式の発表で、マーティンスが、マルジェラと同じく、アントワープの王立美術アカデミーで学んだ点にも触れ、マルタン、ジョンに続く、三人目のクチュリエを迎えると述べた。
最初の二つのショー
Numéro によれば、マーティンスは、2025年7月に、パリの Centquatre で、最初のアルチザナルを発表した。メゾン公式サイトは、このコレクションを、フランドルとオランダの中世建築に着想を得たと説明する。フランドルの美術と、メゾンの昔からの印を参照し、モデルの顔は、マスクやベールで覆われた。同誌は、割れたつま先のタビが、透明なウェッジヒールの靴やサンダルとして、現れたとも書く。
同じ年の10月に、最初のレディ・トゥ・ウェアが、Le Centquatre で発表された(Numéro)。この時の演出は、1989年の、子どもたちが最前列に座ったショーを、思わせるものだった。
見方
ロッソの言葉を借りれば、マルジェラがメゾンを生み、ガリアーノが最先端のクチュールハウスにし、マーティンスが三人目として続く。三人とも、顔を覆う手法や、アルチザナルという、メゾンの印を、それぞれの形で受け継いでいる。


