パリ郊外から、カルダンへ
NGV の年表によれば、ジャンポール・ゴルチエは、1952年4月24日に、パリ郊外のアルクイユで生まれた。1970年に、18歳の誕生日に、ピエール・カルダンのスタジオのアシスタントとして雇われた。NBC News(ロイター)も、1970年代に、カルダンの見習いとして始めたと書く。

Wikipedia は、ゴルチエが、正式なデザインの教育を受けず、母方の祖母に、ファッションを教えられたと書く。これは、Wikipedia のみの記述である。
NGV によれば、1971年から1973年は、Jacques Esterel と Jean Patou のもとで働き、1974年から1975年は、カルダンに戻り、マニラで、北米向けのコレクションを担当した。
1976年から
1976年に、自分のプレタポルテを始めた(NGV、NBC News)。NBC News(ロイター)によれば、1980年代の初めに、ストリート、パンク、ゲイのクラブの文化を取り込んで、頭角を現した。男性の服と女性の服の境を曖昧にしたことでも、知られる。
舞台とテレビ
NGV によれば、1989年に、ピーター・グリーナウェイの映画「コックと泥棒、その妻と愛人」の衣装、1990年に、マドンナの「Blond Ambition World Tour」の衣装を手掛けた。2003年には、ニコール・キッドマンが、ゴルチエのオートクチュールのドレスで、アカデミー主演女優賞を受けた。1993年には、テレビ番組「Eurotrash」が始まり、共同の司会を務めた。

エルメス(2003〜2010年)
ゴルチエは、2003年に、エルメスのウィメンズのプレタポルテのクリエイティブ・ディレクターに就き、最初のコレクションを、2004年秋冬に見せた(NGV)。FashionUnited によれば、マルタン・マルジェラが、2003年の初めに辞めた後を継ぎ、約6年を務めた。2009年に、翌年10月のコレクションを最後に、辞める見込みと報じられた。
展覧会
NGV によれば、2011年6月に、モントリオール美術館で、35年の仕事を振り返る、最初の展覧会が開幕した。展覧会は、ダラス、サンフランシスコ、マドリード、ロッテルダム、ストックホルム、ブルックリン、ロンドンのバービカン、メルボルン、パリのグラン・パレなどを巡り、メルボルンの NGV では、2014年10月から2015年2月まで開かれた。
2020年、舞台を降りる
ゴルチエは、2020年1月17日に、翌週のオートクチュールが、最後のショーになると発表した(NBC News)。FashionUnited によれば、その後も、メゾンの顔として、残っている。2025年4月に、Puig の発表で、ゴルチエは、後継のデュラン・ランティンクを、「私が自分の始まりに持っていた、エネルギーと、大胆さと、遊び心を見る」「新しい『アンファン・テリブル』」と、評した。
資料で分かれる点
ブランドの創設の年は、資料で分かれる。NGV は、1976年に、プレタポルテを始め、1981年に、会社を設立したと書く。Wikipedia は、1982年に、自分の名のレーベルを創設したと書く。このサイトでは、1976年に、プレタポルテを始めた、とだけ書く。


