石の床の工房で、向かい合って置かれた2つの木の作業台と、それぞれの椅子、整えた革の端切れ
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ゼンジアーロ、タッデイ、ラウラ・ブラジオン──Bottega Veneta を築いた人々

二人の共同創業者、Renzo Zengiaro と Michele Taddei。1970年代の終わりに Zengiaro が離れ、Taddei が会社を託した Laura Braggion と、夫の Vittorio Moltedo。名を冠さなかった家を、築いた人々を、公式、報道、Wikipedia から読む。

文 Shiori Kinugasa | 公開 2026.11.01 イメージ画像(AI生成):2人の共同創業者のイメージ(実在の場所ではありません)
名前を、看板に掲げなかった家にも、
手を動かし、舵を取った人がいる。

二人の共同創業者

Renzo Zengiaro と Michele Taddei

Wikipedia と RetailBoss は、Bottega Veneta を、1966年に、ヴィチェンツァで、Renzo Zengiaro と Michele Taddei が始めたと書く。FASHIONSNAP は、レンツォ・ゼンジアーロを「共同創業者」と呼び、その人が、「ソフト・ファンクショナリティ(柔らかな機能性)」という革新的な発想を生んだと書く。2026年春夏のコレクションは、この発想がもとになったという。

Zengiaro の語り

RetailBoss によれば、2026年、創業60周年の年に、Zengiaro は、ミラノの Palazzo San Fedele で、クリエイティブ・ディレクターの Louise Trotter や、社員と語り合った。初期の小さな革製品の工房が、ロゴではなく、職人と素材で語られる家になっていった経緯を話した、という。記事の続きは、会員向けで、ここでは読めていない。

1970年代の終わり

経営の交代

Wikipedia によれば、Zengiaro は、1970年代の終わりに会社を離れた。その後まもなく、Taddei は、元妻の Laura Braggion に会社を譲り、以降は、Braggion が、二度目の夫の Vittorio Moltedo とともに、会社を率いた。この交代は、Wikipedia のみの記述で、年や条件の詳細は、確かめられていない。

淡い木の作業台に、へらと小さな曲がった刃のナイフ、クリーム色の革が置かれた様子
イメージ画像(AI生成):革細工の道具のイメージ(実在の道具ではありません)

Braggion の時代

1980年代から2000年代初頭

FASHIONSNAP は、ラウラ・ブラジオンが、1980年代から2000年代初頭にかけて、Bottega Veneta のクリエイティブを統括したと書く。さらに、Louise Trotter は、ブランド初の女性ディレクターではなく、Braggion の足跡が、2025年9月のデビューコレクションにも反映されているという。Wikipedia も、Braggion を、1980年代から2001年までのクリエイティブ・ディレクターに数える。

広告と映画の逸話

Wikipedia によれば、1978年に、Andy Warhol が作った2ページの広告が、雑誌「Interview」に載り、その広告が、「When your own initials are enough」という標語を、ブランドに広めた。1980年には、女優の Lauren Hutton が、映画「American Gigolo」で、イントレチャートのバッグを持った。1985年には、Warhol が、短い映像「Bottega Veneta Industrial Videotape」を撮った。これらも、Wikipedia のみの記述で、確かめられていない。

人の名で、呼ばれなかった家

工房という集団

公式の「Founding Principles」は、Bottega Veneta が、人の名ではなく、「ボッテガ(工房)」という集団の名を冠していると書く。創業者の名が看板にならなかった家で、誰が、何を作ってきたのか。その問いに、ディレクターたちの記事と、イントレチャートの記事が、続きを答える。

要点

POINTS
  • 共同創業者は、Renzo Zengiaro と Michele Taddei。Zengiaro は、「柔らかな機能性」という発想の人として、2026年にも、創業60周年の場で語った(FASHIONSNAP、RetailBoss)。
  • Wikipedia によれば、Zengiaro は1970年代の終わりに会社を離れ、Taddei は、元妻の Laura Braggion に会社を譲った。Braggion は、夫の Vittorio Moltedo とともに率いた。
  • FASHIONSNAP は、Braggion が、1980年代から2000年代初頭にかけて創作を統括し、Louise Trotter は、ブランド初の女性ディレクターではないと書く。2026年春夏のコレクションにも、その足跡が反映されたという。
この記事を書いた人 Shiori Kinugasa
参考資料:RetailBoss「Bottega Veneta Marks 60 Years With Renzo Zengiaro Reflecting on The Lived in Beauty of Intrecciato」 https://retailboss.co/bottega-veneta-marks-60-years-with-renzo-zengiaro-reflecting-on-the-lived-in-beauty-of-intrecciato/ FASHIONSNAP「過去と未来を結ぶイントレチャート「ボッテガ・ヴェネタ」とルイーズ・トロッターの新たな対話」(2025年10月3日) https://www.fashionsnap.com/article/bottegaveneta-26ss-debut/ Bottega Veneta 公式「Founding Principles」 https://www.bottegaveneta.com/en-us/founding-principles/founding-principles.html Wikipedia「Bottega Veneta」(Taddei、Braggion、Moltedo の経緯) https://en.wikipedia.org/wiki/Bottega_Veneta (確認日:2026年10月30日。Taddei と Zengiaro から Braggion への交代、Moltedo の役割は、Wikipedia のみの記述で、2本目の資料が見つからなかったため、「Wikipedia によれば」と明記した。Wikipedia は、Braggion の姓を「Laura Braggion」と書き、別の資料には「Laura Moltedo」の表記もあるが、同じ人物の可能性が高く、ここでは、FASHIONSNAP の表記(ラウラ・ブラジオン)に従った。Louise Trotter を「ブランド初の女性ディレクター」と伝える報道もあるが、FASHIONSNAP は、Braggion が先にいたと書くため、この記事は、FASHIONSNAP に従い、「初」とは書いていない)

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