始まり
1975年、「言われ続けた」青年
Oakley 公式の「Heritage」ページによれば、ジェームズ(ジム)・ジャナードは、オートバイの部品の販売会社で働いていたが、「黙って売れ」と言われ続けることに飽きていた。1975年に、営業の仕事を離れて、自分の考えを形にし、自分のブランドを築き始めた。名は、飼っていたイングリッシュ・セッター(Oakley Anne)から取った、と公式は書く。
FASHIONSNAP は、創業の資金が約300ドルだったこと、最初はモトクロスのグリップを作っていたこと、その後に出したモトクロス用のゴーグルが、トップライダーの間で評判を呼び、徐々に、アイウェアのブランドとして知られるようになったことを書く。
1980年代
ゴーグルから、サングラスへ
Wikipedia によれば、1980年に、O-Frame という名のゴーグルを出した。ストラップに「Oakley」のロゴが入り、スポーツの世界で、名が知られていった。1983年にスキーのゴーグルを売り始め、1984年に、最初のサングラス「Factory Pilot Eyeshades」を出した。ゴーグルに似た、スポーツ向きのサングラスだった。1984年は、WWD JAPAN も、「84年にアイウエア分野に進出」と書き、年が一致する。

1985年には、Wikipedia によれば、日常向きのサングラス Frogskin(のちの Frogskins)が出た。日本製だったという。Frogskins は、別の記事で、詳しく読める。
1990年代から2000年代
上場、アパレル、そしてグループへ
WWD JAPAN と Wikipedia は、1995年に上場したと書く。アパレルとフットウェアへの進出は、FASHIONSNAP の年表では1998年、WWD JAPAN は「1990年代」と書く。FASHIONSNAP の年表には、2004年に世界初のデジタル・オーディオ・アイウェア、2006年にウィメンズコレクションを発表したとある。
イタリアの Luxottica による買収は、約21億ドルの取引として、WWD JAPAN と Wikipedia が一致して書く。ただし、年は、Wikipedia が2007年、WWD JAPAN が2001年と、資料で分かれる。Wikipedia は、2007年6月に計画が発表され、同年11月に完了したと、日付まで書いている。WWD JAPAN によれば、現在は、エシロールルックスオティカ(EssilorLuxottica)が擁するブランドである。

2010年代から2020年代
共同開発と、日本の旗艦店
FASHIONSNAP の年表によれば、2014年にグーグルのアイウェア型端末「Google Glass」の開発に関わり、2015年にはインテルとウェアラブル機器を共同開発した。2016年には、新しいライフスタイルライン「Oakley Neo Standard」を展開した。2020年には、東京・渋谷に、ブランド初のグローバル旗艦店を開いた。
50周年から、2026年へ
WWD JAPAN の記事の見出しによれば、2025年8月に、50周年のイベントが開かれ、2026年2月には、ミラノ・コルティナ冬季五輪で、カナダとフィンランドの代表の一部の選手に服を提供する、初の公式アパレルスポンサーに就いた。2026年3月には、マシュー・M・ウィリアムズが、アパレル、フットウェア、アクセサリー部門のクリエイティブ・ディレクターに就いた。詳しくは、「2026年の今」の記事で読める。


