19世紀のパリのトランク工房。木の骨組みや工具が並ぶ
SINCE 1853

ゴヤール、手描きのシェブロンが語る170年の旅支度

パリの荷造り職人の工房に起源をもつメゾンの、来歴をたどる。

文 Shiori Kinugasa | 公開 2026.10.11 | 更新 2026.10.23 | 読了 5分 イメージ画像(AI生成)
旅の道具は、持ち主の暮らしを映す。
その鞄の奥には、19世紀から続く
「旅支度」の思想が息づいている。

旅の道具を作る

1792 荷造り職人の工房から

ゴヤールの歴史は、1792年、パリでピエール=フランソワ・マルタンが、荷造り用の木箱づくりと梱包を専門にする工房を開いたところから始まる。顧客には、ベリー公爵夫人の名が挙がる。長い移動に耐えるよう、衣装や調度を箱に詰めて送り出す。それが、当時の職人たちの仕事だった。

18世紀末のパリの荷造り工房で、職人が衣装を木箱に詰めている絵
イメージ画像(AI生成):18世紀末のパリの荷造り工房を想像した絵

工房は1834年、パリの中心部にあるサントノレ通りへ移った。番地は1856年の変更で233番地となり、今も同じ場所にある。

後継者に恵まれなかったマルタンは、1841年、後見していたポリーヌ・ムタに工房を譲った。ポリーヌは、従業員のルイ=アンリ・モレルと結婚しており、工房はモレルが受け継ぐ。そして1845年、モレルのもとに、一人の17歳の見習いが入る。のちにメゾンの名前その物となる、フランソワ・ゴヤールである。

1853 ゴヤールの名を掲げる

1852年にモレルが亡くなり、フランソワ・ゴヤールが跡を継いだ。1853年、店の看板は「モレル」から「ゴヤール」に掛け替えられる。以後32年にわたり、フランソワが経営を担った。

1792年を起点にするか、1853年を創業とするか。公式サイトも、ページの見出しでは「1853年創業のトランクメーカー」と書き、歴史の本文では1792年のメゾン・マルタンから語っている。このサイトでは、「1792年に起源をもち、1853年にゴヤールの名を掲げた」と整理して書く。

鉄道網や客船の航路が広がり、旅の形が大きく変わっていく時代だった。荷物を「詰める」技術は、丈夫で運びやすく、持ち主にふさわしい姿をしたトランクを「作る」技術へと広がっていったと考えられる。

鉄道の駅のホームに積まれた、古い旅行用トランクの絵
イメージ画像(AI生成):鉄道が広がる時代の駅のホームに積まれたトランクを想像した絵

1885 エドモンが築いた「ゴヤールらしさ」

1885年4月1日、フランソワは長男エドモンに事業を譲った。エドモンは、広告の導入、万国博覧会への出展、モンテカルロ、ビアリッツ、ボルドーへの出店、ニューヨークとロンドンへの事務所の開設などを進めた。自動車用品を共同で開発し、犬用の品も手がけている。

顧客には、芸術やファッションの世界の名も挙がる。パブロ・ピカソ、ココ・シャネル、クリストバル・バレンシアガなどが顧客だったとされる。

1892 ゴヤールディン、積み上げた薪の記憶

メゾンを象徴するキャンバス「ゴヤールディン」は、1892年、エドモンが生み出した。当時のトランクメーカーが使っていた無地の麻の素材から、大きく進化した技術革新だった。

ゴヤール家の先祖は、ブルゴーニュ地方のクラムシーの出身で、モルヴァンの森から薪を筏にして、川をパリまで運ぶ「川の仲間たち(コンパニオン・ド・リヴィエール)」の仕事をしていた。

彼らの作業着「ビヨード」に使われた布「プータングリス」が、キャンバスの名前の由来である。重ねた無数の点は、筏に組まれた丸太を、杉綾(シェブロン)の模様は、川の流れのなかで木材が絡み合うさまを表す。このモチーフは、Yの字の連なりでもある。

川を下る薪の束と、岸から見守る人々の絵
イメージ画像(AI生成):薪の束を川で運ぶ仕事を想像した絵

素材は、リネン(亜麻)とコットンのキャンバスにコーティングを施したもので、しなやかで丈夫、耐水性がある。現在の製法は、コーティングした生地に、フレームを使ったプリント技法で3色を重ねる。細かな工程は公表されていない。エドモンは1900年のパリ万国博覧会に参加し、銅メダルを受けた。ゴヤールディンは、第二次世界大戦のあとに生産が止まったが、1998年の経営交代のときに復活した。

荷物の山のなかから、自分の一個を見つける。
そのための「しるし」が、メゾンの意匠になっていった。

受け継がれるしるし

マーカージュ、持ち主の印を描く

フランソワ・ゴヤールの家業である川の仕事では、持ち主を見分けるために、丸太に印を付けていた。フランソワはこの技法をトランクづくりに取り入れ、以来、パーソナライゼーション(マーカージュ)は、メゾンの中心的な技術になった。

職人が筆でキャンバスのトランクにストライプを描いている手元
イメージ画像(AI生成):筆でしるしを描き入れる手元のイメージ

今は、職人が完全に手作業で、天然の顔料をもとにした独自の色で描く。名前やイニシャル、1本または何本ものストライプ、そして様々なモチーフと色から選べる。大量に売るためではなく、一人の持ち主のために仕立てる。その姿勢が、この小さな手仕事によく表れている。

  • イニシャル:持ち主の名を、文字の色と書体で描き入れる
  • ストライプ:本数と配色で、遠目にも自分の鞄と分かる印にする
  • モチーフ:好きな意匠を、一つだけの印として加える

家族経営から、新しい時代へ

1974年、ジャン=ミシェル・シニョル氏が、パリの骨董店でゴヤールのトランクに出会い、収集に熱中するようになった。1998年、そのシニョル氏がゴヤールを引き継ぎ、サントノレ通りの伝統とノウハウを復活させた。ヨーロッパ、アメリカ、アジアに、新しい工房とブティックを開いた。ゴヤールディンも、伝統的な黒に加えて、様々な色で展開されるようになった。

「広告も通販もしない」は本当か

ゴヤールは、広告を出さず、通販もしないメゾンとして、よく語られる。ただ、エドモンが広告を導入し、著名なイラストレーターによる広告も出していたことが、公式サイトの歴史ページに書かれている。「広告をしない」というイメージは、歴史の全ての時期に当てはまるものではない。

店舗を絞り、店頭で向き合って選ぶ。その売り方は、旅の道具を持ち主に合わせて仕立てるという、メゾンの出発点と繋がっているように見える。

今、身に着けるなら

歴史を知ったうえで選ぶ一つ目には、毎日持ち歩けるトートが向いている。サン・ルイは、ゴヤールディン・キャンバスのトートとして広く知られる。軽く、小物をまとめるポーチが付く。サイズにはPMやGMなどがある。サン・ルイは、パーソナライズできる商品の一つでもある。

要点

POINTS
  • 1792年にパリの荷造り職人の工房として始まり、1853年にゴヤールの名を掲げた。
  • ゴヤールディンは、川で薪を運んだ家業の記憶を、点と杉綾の柄にしたキャンバスである(1892年)。
  • マーカージュは、持ち主の印を手描きする技法で、丸太に印を付けた家業に由来する。
この記事を書いた人 Shiori Kinugasa
参考資料:Goyard 公式サイト「歴史」 https://www.goyard.com/ja_jp/goyard-history-jp Goyard 公式サイト「ゴヤールディンキャンバス」 https://www.goyard.com/ja_jp/the-goyardine-an-emblematic-canvas-jp Goyard 公式サイト「マーカージュアート」 https://www.goyard.com/ja_jp/the-art-of-marquage-by-goyard-jp Goyard 公式サイト「オンラインで購入可能」 https://www.goyard.com/ja_jp/available-online.html Wikipedia(英語版)「Goyard」 https://en.wikipedia.org/wiki/Goyard ファッションプレス「ゴヤールの人気高級トート「サンルイ」バッグの魅力」 https://www.fashion-press.net/news/76090 Sotheby's「Ultimate Guide to Goyard Tote Bag Styles」 https://sothebys.com/en/articles/ultimate-guide-to-goyard-tote-styles-saint-louis-and-more (公式サイトの確認日:2026年10月11日)

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