歴史に夢中だった少年
ブルージュから、アントワープへ
AnOther のインタビューによれば、マーティンスは、ベルギーのブルージュで育った。服の世界とは縁がなく、歴史に夢中で、エジプト学者か、考古学者になりたかったという。最初は、インテリアデザインを学び、学校の旅行で出会った、アントワープの王立美術アカデミーに、願書を出した。身長が1.85メートルあり、モデルのような体型の学生を、学校が、二、三人は取るからだろう、と笑って語っている。

同じ記事によれば、マーティンスは、アカデミーで3年先輩だった、デムナ・ヴァザリアの、フィットモデルを務めたことがある。
Y/PROJECT まで
Gaultier、Bruno Pieters、セルファティ
AnOther によれば、マーティンスは、卒業後、Jean Paul Gaultier と、Bruno Pieters で経験を積み、それが、セルファティのアシスタントの仕事に繋がった。
2013年に、セルファティが亡くなると、自分の名前のウィメンズのブランドを続けていたマーティンスに、エラルフが、声を掛けた。マーティンスは、2013年から、Y/PROJECT のクリエイティブ・ディレクターを務め(The Impression)、2024年9月に、退任した(W Magazine)。
服の作り方
ムードボードではなく、ドローイング
マーティンスは、AnOther のインタビューで、「ムードボードは、一度も作らない」と語っている。始まりは、詳しいドローイングか、試したい技法で、机の上には、ズボンに、チャップスが組み込まれた、細かいジーンズの図面が置かれていた。素材や出発点に、少し不快に思う物を選び、それを、とても美しくするか、まったく変えてしまうのが、仕事だとも話している。

強くて、着られる服
同じインタビューで、マーティンスは、「強くて、人目を引き、着られる服を作りたい」と語り、社会的で、芸術的で、売れる、その中間を探したいと述べている。HUNGER のインタビューでは、Y/PROJECT の特徴を、三つの言葉で、「折衷的、祝祭的、豪華」と答え、ミニマルではない、と付け加えている。ファッションを続ける大きな理由の一つは、楽しさだ、とも話している。
三つのブランド
Diesel
The Impression によれば、マーティンスは、2018年に、Diesel の実験的なプロジェクト Red Tag に招かれ、2020年に、Diesel のクリエイティブ・ディレクターに就いた。
ダメージ加工、だまし絵の処理、ねじり、巻く手法などの、デニムの実験が、Diesel でも、繰り返し現れた。そこには、Y/PROJECT での実験が、土台にあった、と記事は書いている。2026年9月22日の、ミラノ・ファッションウィークでのショーが、最後のコレクションになった。
Maison Margiela
The Impression によれば、マーティンスは、Diesel を退いた後も、同じ OTB グループの、Maison Margiela のクリエイティブ・ディレクターに留まる。2025年7月の、パリのオートクチュール・ウィークで、最初のアーティザナルのコレクションを発表した。
W Magazine は、マーティンス自身の言葉として、Diesel はデニムのブランドで、Margiela には、グラフィックの遺産があり、Y/PROJECT は、構造を組み立てる手法が中心だった、と伝えている。
人物から見る
歴史に夢中だった少年が、ねじれと、冗談と、構造の服を作るようになった。Y/PROJECT、Diesel、Maison Margiela という三つのブランドは、マーティンスの中で、別の問いに答えている、というのが、W Magazine の記事から読み取れる。


