協業の考え方
nss magazine は、Y/PROJECT が、特にこの5年間で、Jean Paul Gaultier のオートクチュールとの協業や、著名人への衣装提供を通じて、ファッションの大物と、対話できていた、と書いている。ここでは、UGG、Jean Paul Gaultier、H&M の三つを、報道から読む。
UGG(2018年)
サーファーの靴を、太ももまで
10 Magazine によれば、UGG との協業は、2018年1月に、パリで、Y/PROJECT のメンズの2018年秋冬コレクションの一部として、初めて披露された。3層の折り返しのブーティや、かかと付きの、膝上のブーツ(10 Magazine)、HUNGER が取り上げた、太ももまでの、高いブーツなどが、並んだ。
マーティンスは、HUNGER のインタビューで、UGG の核は、1970年代に、太平洋岸のサーファーの、凍えた足を温めるために生まれた物だと語っている。その温かさを、極端な高さで強め、脚全体が温まる靴にしたかったという。誰が履いても良い、民主的な雰囲気も、重要だった。カプセルは、6型で、同年9月中旬から、Browns、LECLAIREUR、mytheresa.com などで販売された。
キャンペーン
10 Magazine によれば、キャンペーンは、アルノー・ラジュニーが撮影し、ウルシナ・ギシがスタイリングを担当した。ヘラクレス、アポロ、オンファレ、ヴィーナスが、顔として登場し、古典美術を、読み替えた。マーティンスは、「出発点は、ヴィーナスの誕生。この協業の誕生であり、波に乗り、期待を捻る」と語っている。
Jean Paul Gaultier(2022年)
ゲスト・デザイナーとして
V Magazine によれば、2021年9月25日に、Jean Paul Gaultier が、マーティンスを、次のオートクチュールのゲスト・デザイナーに迎えると発表した。

コレクションの名前は、「Gaultier Paris by Glenn Martens from Y/Project」で、2022年1月に、メゾンの本社で発表される。マーティンスにとって、初めてのクチュールで、2021年7月の、sacai の阿部千登勢に続く、2人目のゲスト・デザイナーだった。
マーティンスは、「クチュールは、日常のためではない。これは芸術だ。ゴルチエとは、動きと汎用性への愛を、より建築的な構造のシルエットで、祝いたい」と述べている。Jean-Paul Gaultier は、「マーティンスは、様々なレディ・トゥ・ウェアのブランドの考え方に合わせながら、自分のブランドも育てる、創造性を持っている」と語った。
H&M(2025年)
閉鎖後の、白鳥の歌
W Magazine によれば、H&M との協業の話は、マーティンスが Y/PROJECT を退く前の、2年前に、始まっていた。H&M の、アン=ソフィー・ヨハンソンが、最初に声を掛けた。

マーティンスは、Y/PROJECT が閉鎖した後で、このプロジェクトを、Y/PROJECT への「白鳥の歌」にしようと考え、2025年10月7日の記者会見で、「闇の中で死なせず、もう一度、祝う機会を与えたい」と語った。
出発点は、H&M の定番、トレンチコート、ボタンダウンのシャツ、ニットだった。特徴は、襟、フランネルのシャツの身頃、バッグの構造に入れた、箔の下地で、着る人が、形を作り変えられる。
W Magazine によれば、この技法は、マーティンスが Y/PROJECT で試して、完成できなかった物で、2024年春夏の、スナップで調節する革のパーツ付きのブーツも、Y/PROJECT では製品にできなかったが、H&M で形になった。
コレクションは、ブランド名ではなく、マーティンス自身の名前で、発売は、2025年10月30日だった。W Magazine は、マーティンスが、ブランドではなく、本人の名前で、H&M と協業した、2人目のデザイナーで、1人目は、2004年の、Karl Lagerfeld だと書いている。
見方
UGG は、靴の核に戻って、誇張した。Jean Paul Gaultier は、オートクチュールで、動きと構造を試した。H&M は、閉鎖したブランドの未完の技法を、量産に持ち込んだ。三つの協業は、どれも、Y/PROJECT の服の作り方を、別の場所で、もう一度、確かめている。


