窓辺の木の作業台に広げた型紙の紙、古い裏地、白い糸巻きと鋏
MARTIN MARGIELA

マルタン・マルジェラとは誰か──顔を出さず、服で語り続けた人

1957年にベルギーで生まれ、1988年に Maison Martin Margiela を始めたマルタン・マルジェラ。アントワープ、ゴルチエ、匿名性の流儀、エルメス、そして引退後の展覧会まで。資料で食い違う点は、はっきり分けて書く。

文 Shiori Kinugasa | 公開 2026.10.27 | 更新 2026.11.03 イメージ画像(AI生成):アトリエの作業台のイメージ(実在の場所ではありません)
顔を、出さない。
それでも、服には、はっきりと、誰かの手が見える。

アントワープから、パリへ

NGV、Sotheby’s、Luxe Digital は、マルジェラが、1979年に、アントワープ王立美術アカデミーを卒業したと書く。Wikipedia によれば、マルジェラは、「アントワープ・シックス」の一年前の卒業で、しばしばその一員と間違えられるが、正式なメンバーではない。

雨に濡れた石畳に面した、明かりの灯る大きな窓の煉瓦の建物と、壁にかかる継ぎ接ぎの白い布
イメージ画像(AI生成):学び舎のイメージ(実在の場所ではありません)

卒業後は、フリーランスで働き、その後、パリで、ジャン=ポール・ゴルチエのアシスタントを務めた。ゴルチエのもとを離れたのは、1987年である(NGV、Wikipedia、Flaunt)。ゴルチエは、マルジェラの最初のショーの客席にもいた(The Fashion Commentator)。

Wikipedia は、少年の頃に、アンドレ・クレージュやパコ・ラバンヌが出るテレビ番組を見て、ファッションに関心を持ち、10代で、蚤の市の古着を組み合わせて着ていたと書く。これは、Wikipedia のみの記述である。

朝靄の河岸の木の台に積まれた、白、生成り、灰色の古い布とレース
イメージ画像(AI生成):蚤の市のイメージ(実在の場所ではありません)

顔を出さない流儀

メゾンの名前で語る

MoMu によれば、マルジェラは、早い時期から、服に語らせると決め、人前に出ることを断った。インタビューは、全てメゾンの名前で答え、デザイナーの写真は、配られなかった。Even は、連絡はファックスで行われ、返信は「私たち」の主語で書かれ、ショーの後のお辞儀もなかったと書く。

nss magazine によれば、2001年の Vogue の撮影では、アトリエの全員が集合写真に収まり、最前列の一席だけが、創業者のために、空けられていた。これは、同誌のみの記述である。

白い上っ張り

Even は、アトリエの人たちが、白い上っ張り(ブルーズ・ブランシュ)を着ていたと書く。店の内装は、無彩色に統一された。個人ではなく、集団として、ものを作る、という姿勢が、服の外にも、通っていた。

エルメスで

Wikipedia によれば、マルジェラは、1997年に、エルメスの、ウィメンズのクリエイティブ・ディレクターに就き、2003年まで務めた。Even は、この協働を、12シーズン続いたと書き、自分のブランドより、上質で、控えめな服だったとする。

引退と、その後

NGV によれば、マルジェラは、2008年に引退を決めた。Wikipedia によれば、正式に離れたのは、2009年12月である。NGV は、2018年に公に出した声明で、世界的に増す圧力と、商取引の要求に、もう対応できなくなったと、マルジェラが説明していると書く。

2018年には、パリの Palais Galliera で、1989年春夏から、2009年春夏までを辿る展覧会「Margiela/Galliera 1989-2009」が開かれた。Flaunt によれば、館のコンテンポラリー・コレクションの責任者は、マルジェラが、関心を示し、展覧会のアート・ディレクターを務めたと語っている。Even は、同じ年に、装飾美術館(MAD)で、エルメス時代を扱う展覧会も開かれたと書く。

資料で分かれる点

次の三つは、資料によって、書き方が違うため、この記事では、断定していない。

一つ目は、生まれた町。Wikipedia と Flaunt は、ジェンク(Genk)とし、Even と NGV は、ルーヴェン(Leuven)とする。二つ目は、ゴルチエのもとで働き始めた年。1982年(NGV)、1984年(Wikipedia、Even)、1985年(Flaunt、The Fashion Commentator)と、分かれる。三つ目は、卒業年。ほとんどの資料が1979年とする中で、Even は1980年とする。

見方

MoMu は、マルジェラの仕事を、古典的な仕立てと、概念的な思考の、まれな組み合わせと説明する。顔を出さない流儀は、その仕事の、一部だったと言える。

要点

POINTS
  • マルタン・マルジェラは、1957年にベルギーで生まれ、1979年に、アントワープ王立美術アカデミーを卒業した。1987年まで、ジャン=ポール・ゴルチエのアシスタントを務めた(NGV、Sotheby's)。
  • 1988年から、写真も、対面のインタビューも、お辞儀もなしで、メゾンの名前で語った。1997年から2003年は、エルメスのウィメンズも担った(MoMu、Wikipedia、Even)。
  • 2018年に、パリの Palais Galliera で、20年を振り返る展覧会が開かれ、マルジェラ本人が、アート・ディレクターを務めた(Flaunt、Even)。
この記事を書いた人 Shiori Kinugasa
参考資料:NGV「Maison Martin Margiela Bodice and Dress and apron」 https://www.ngv.vic.gov.au/essay/maison-martin-margiela-bodice-and-dress-and-apron/ MoMu「Maison Martin Margiela ‘20’ The Exhibition」 https://www.momu.be/en/exhibitions/maison-martin-margiela-20-the-exhibition Sotheby's「The Raw Innovation of Martin Margiela」 https://www.sothebys.com/en/articles/the-raw-innovation-of-martin-margiela Even Magazine「The Four White Stitches」(Daniel Penny) https://evenmagazine.com/?p=3674 Flaunt「Margiela/Galliera 1989-2009」 https://www.flaunt.com/blog/marigela-galliera The Fashion Commentator「Martin Margiela, the one and only」 https://thefashioncommentator.com/?p=113 nss magazine「Martin Margiela: Anonymity & Design in Fashion」(2025年9月2日) https://www.nssmag.com/en/fashion/42452/martin-margiela-anonymity-design-miley-cyrus Wikipedia「Martin Margiela」 (確認日:2026年10月24日。資料が食い違う点は、本文の「資料で分かれる点」にまとめた)

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